ランチェスター戦略とは
ランチェスター戦略とは、軍事理論であるランチェスターの法則から、販売戦略であるランチェスター戦略として、マーケティングコンサルタントの田岡信夫氏と社会統計学者の斧田太公望氏が提唱した戦略理論です。
ランチェスターの法則(Lanchester’s laws)とは、フレデリック・ウィリアム・ランチェスター(Frederick William Lanchester, 1868年 – 1946)が第一次世界大戦の最中の1916年に考案した法則です。田岡氏及び斧田氏が、軍事戦略であったランチェスターの法則を、ビジネス戦略にまで落とし込んだビジネスフレームワークがランチェスター戦略となります。
また、ランチェスター戦略は一般的には「弱者の戦略」の代名詞のように紹介され、多くの書籍が出版されています。
しかし、ランチェスター戦略とは必ずしも「弱者の戦略」というわけではありません。強者であっても活用できる戦略であり、事業戦略を立てる上で重要な解析手法であると言えます。
そして、ランチェスター戦略は「兵力数の科学」とも捉えることが出来ると考えます。
このことは、ランチェスターの2つ法則を学ぶことで理解できると考えます。そして、ランチェスターの2つの法則について、わかりやすくシンプルに記載すると以下のようになります。
『ランチェスターの第1法則』(弱者の戦略として活用)
一騎打ちの場合、武器の性能が同じであれば、戦闘力は兵力に比例する。つまり、強者とは真っ向勝負をするのではなく、出来るだけ局地戦に持ち込み兵力差が出ないような戦い方を行う。
『ランチェスターの第2法則』(強者の戦略として活用)
集団戦闘の場合、武器の性能が同じであれば、戦闘力は兵力の2乗に比例する。つまり、弱者とは局地的な接近戦をするのではなく、スケールを活かした間接的、遠隔的な戦いに持ち込み、兵力差が活かした戦い方と行う。
続いて、もう少し詳しくランチェスターの法則についてご説明します。
ランチェスターの法則について
先述の通り、ランチェスターの法則は2つの法則が存在します。
ここでは、ランチェスターの第1法則と第2法則にについて、実際に計算を行いながら説明したいと思います。
ランチェスターの第1法則
ランチェスターの第1法則のにおいては、一騎打ちを考えます。
一騎打ちとは、個々の戦闘員が1対1の状況を想定しており、下図をイメージして頂ければと思います。

このイメージ図は下記の式で表すことができます。
B0 – B = E(R0 – R)
B0;青軍の初期兵力
B;青軍の残存兵力
R0:赤軍の初期兵力
R:赤軍の残存兵力
E:交換比(武器効率=敵と味方の武器の性能比)
上記の式を変形し、M軍の残存兵力を示した式は以下の通りとなります。
B=B0-E(R0-R) , B0>R0
そして、両軍の武器の性能比が等しい場合(E=1)で、赤軍の残存兵力が「0」になるまで戦闘を行うと式は以下の通りとなります。
B=B0-R0 , B0>R0
これは、局地戦及び単騎戦に持ち込めば、兵力差は単純化され、数の効果が一次式で表すことができます。
この式を用いて、青軍(B0)=10、赤軍(R0)=6と仮定して計算しますと、
青軍の残存兵力(B)= 10 – 6 = 4 となり下図のようになります。

但し、もしこのとき、武器の性能や種々の状況で交換比に影響がでたときのことを考えます。
例えば、E=2のケースで考えてみます。
そうした場合、先の式は下式で表せます。
B=B0-2(R0-R) , B0>R0
赤軍の残存兵力が「0」まで戦闘行うと以下の通りになります。
B=B0-2R0 B0>R0
この式に先ほどのケースと同様に青軍(B0)=10、赤軍(R0)=6を当てはめてみますと、
青軍の残存兵力(B)=10 – 2×6 = -2
つまり、青軍が負けることを示します。
通常、国の人口は限られていますので、この兵力とされる兵士数を短期間で増やすことは困難です。
しかし、研究開発により、性能の高い武器の開発や、士気を鼓舞することで高いパフォーマンスを導き出したり、敵に奇襲をかけることで敵のパフォーマンスを下げることは、短期間でも可能です。
従いまして、先に示したように性能比を変化させ有利な状況をつくることが出来れば、小国でも勝てる可能性があるこということです。
こういった理由から、『弱者の戦略』と呼ばれています。
この施策のポイントは以下の通りとなります。
1)兵力の分散を避ける為、局地戦を選ぶ
2)接近戦を展開する
3)一騎打ちを選ぶ
4)ひとりの兵力をムダにしないために一点集中
5)陽動作戦をとり武器の準備をさせない
ランチェスターの第2法則
第2法則のにおいては、集団戦を考えます。
集団戦とは、戦闘員がある程度の単位で行動し、戦闘領域が広域となり、遠隔攻撃による戦闘が繰り広げられます。
下図のようなイメージになります。

ランチェスターの第2法則は、集団単位で行動するこを想定しており、以下の式が導き出されます。
B02 – B2 = E(R02– R2)
B0;青軍の初期兵力
B;青軍の残存兵力
R0:赤軍の初期兵力
R:赤軍の残存兵力
E:交換比(武器効率=敵と味方の武器の性能比)
上記の式を変形し、青軍の残存兵力を示した式は以下の通りとなります。
B2=B02-E(R02-R2) , B0>R0
そして、両軍の武器の性能比が等しい場合(E=1)で、赤軍の残存兵力が「0」になるまで戦闘を行うと式は以下の通りとなります。
B2=B02-R02 ,B0>R0
つまり、集団戦に持ち込めば、兵力差の数は二次式として表せます。
この式を用いて、青軍(B0)=10、赤軍(R0)=6で計算しますと、
青軍の残存兵力(B)=(10)2 – (6)2 = 100 – 36 = 64
B = 8となり、下図のようになります。

先ほどの第1法則では、残存兵力が「4」でしたが、今回は「8」になっています。要するに、死者を圧倒的におさえることが出来るのです。
先のケースと同様に、もしもこのとき、武器の性能や種々の状況で交換比に影響がでたときのことも考えます。
先と同じように、例えば、E=2のケースで考えてみます。
そうした場合、先の式は下式で表せます。
B2=B02-2(R02-R2) , B0>R0
n軍の残存兵力が0まで戦闘行うと以下の通りになります。
B2=B02-2R02 ,B0>R0
この式に先ほどのケースと同様に青軍(B0)=10、赤軍(R0)=6を当てはめると、
青軍の残存兵力(B)B2=(10)2 – 2×(6)2 = 100 – 72 = 28
B≒ 5
つまり、この状況でも残存兵力を「5」も残して、勝利することができるのです。
第1法則では、負けていた状況でも圧倒的な大差で勝利することができます。つまり、兵力差というアドバンテージがある状況では、集団戦に持ち込むことで勝利を盤石な状態にすることが出来ます。
こういった理由から「強者の戦略」とも呼ばれており、その施策は以下の通りとなります。
1)広域戦に持ち込む
2)一騎打ちを避け、確率戦を展開する
3)接近戦を避け、間接的、遠隔的戦闘場面をつくる
4)戦場に穴が出来ないよう総合戦で取り組む
5)誘導作戦をとり分散させる
ランチェスターの法則から戦略を考える
これまでは、ランチェスターの法則について説明してきました。
ここからは、ランチェスターの法則にしたがった、ランチェスター戦略についてご説明いたします。
因みに、ランチェスター戦略から見た「強者」とは、必ずしも大企業というわけではありません。
ランチェスター戦略における「強者」とは、ある特定の市場におけるシェアが1位の企業を指します。
そして、2位以下が「弱者」という位置づけになります。
ランチェスター戦略における市場占有率(市場シェア率)の目安となる数字
①上限目標値 74%;独占状態。絶対的な安全状態。しかし、これ以上の独占は逆にリスク※にもなる。
②安定目標値 42%;安定的な強者の立場。独走態勢の条件。
③下限目標値 26%;トップになれる下限値。しかし、安定的とはいえな立ち位置。
※独占状態は、独占禁止法などの法令関連や競合他社が存在しないことにより、市場が縮小していく可能性がある。
ランチェスターの法則から見る「弱者の戦略」
ここで考える必要があることは、集団戦闘において、弱者が絶対に勝てないかということです。
しかし、局所的に集団戦になれば、決してそういうことはありません。
要するに、多勢を分断していしまうことで、局所的には兵力的にも有利な状況になり、団体戦で勝利を収めることができるのです。
先ほどの式に戻りますが、
B2=B02-2R02 m0>n0
仮に、青軍(B0)が100で赤軍(R0)が60だとします。
赤軍の奇襲により、青軍を3つに分断することに成功し、各々で赤軍の総動員の集団戦になったとします。
この場合、兵力は青1軍=30で青2軍=30、青3軍=40となり、赤軍は60のままです。
この状態で青軍と赤軍の戦闘力の比較を行うと下記のようになります。
青軍の戦闘力 = (30)2 + (30)2 + (40)2 = 900 + 900 + 1600 = 3400
赤軍の戦闘力 = (60)2 = 3600
つまり、兵力の少なかった赤軍が勝利することになります。
実は、「銀河英雄伝説 Die Neue These」の第一話で、ラインハルト・フォン・ローエングラム少尉がとった戦略こそ、まさしくこの作戦なのです。
なぜ大企業がランチェスター戦略の「弱者の戦略」をとれないのか
ここまでの説明をお読みになった方は、1つの疑問を抱くと思います。
「大企業が『弱者の戦略』をとれば無敵なのではないのか?」
しかし、実は大企業が簡単に弱者の戦略をとれない理由があるのです。
大企業となると多くの社員を抱えています。
つまり、その固定費(労務費)を支払うためには、ある程度の利益を確保しなければなりません。
そのため、「弱者の戦略」で確実に勝てる可能性がないと、なかなか参入することはしません。また、システムやインフラのメンテナンスも多く発生し、社員以外の運用コストが多くかかるケースもあります。
例えば、5人程度でプロジェクトを始めたとしても、その固定費が中小企業よりも多く必要となるため、より多くの利益を生み出す必要があります。
初期段階において、投入資源に対して、回収する必要がある利益の絶対値から判断すると、大企業の方がハードルが高くなってしまいます。もちろん、ある程度の初期投資を必要とする事業の場合、企業体力(資金力)が条件となるため、中小企業よりも有利に働くこともあります。
ここが、このランチェスター戦略における面白くも、難しいところです。
従いまして、ランチェスター戦略は「弱者の戦略」という認識よりも、弱者が強者に勝つにはこの方法以外にないと考えた方が理解しやすと思います。
ランチェスター戦略のまとめ
以上がランチェスター戦略の説明となります。
ランチェスター戦略のベースとなるランチェスターの法則から「兵力数の科学」であるとがご理解頂けたと思います。
また、決して弱者だけの戦略でないこともご理解頂けたと思います。
とはいえ、世の中の多くは中小企業であり、ランチェスターの法則における弱者と呼ばれる企業です。
従いまして、世にある多くの中小企業が率先して学ぶ必要のある思考であると考えます。
そして、「弱者の戦略」で重要なことは、セグメントをより細かく分類し、弱者でも勝てる市場を見出し、そこで勝負するということ、その1点になります。
そのためには、継続的に経営戦略論ついて学ぶという姿勢が重要です。